ありがとう「プリズン・ブレイク」主演俳優ASDをカミングアウト

https://news.yahoo.co.jp/articles/954e5ded2b904e50a35780e23753763162c5ec03

Yahooに出ていたニュース。元の記事はコスモポリタン誌。

日本でも2000年代に人気があったアメリカのドラマ「プリズン・ブレイク」で主演していた俳優,ウェントワース・ミラー氏が40歳代になってから「自閉症」と診断されたという記事。

「ああ,また芸能人だったなぁ。」とかぼけっと受け止めた。ADHDやASDをカミングアウトするのは芸能人とスポーツ関連の人が多いけれど,本当は他の職業の人にももっともっといるだろう。でも本人も周りの人達も気づいていない,或いはカミングアウトできないでいるのだろう。

自分の場合,カミングアウトが難しいのか難しくないのかよくわからない。多分,同じ職業でも職場によって違うだろうとは思う。

今飲んでいる薬はジェイゾロフト(抗うつ薬),デパス(精神安定,緊張をほぐす),エスゾピクロン(睡眠薬),抗うつ剤の副作用で逆流性食道炎と胃炎がひどいためスルピリド(胃薬)ナウゼリン(吐き気どめ)。ザイザル(アレルギーの薬。食物・花粉・ダスト・接触アレルギー等があるので)

初めて飲んだ抗うつ剤はパキシルだったが,副作用で横になると胃液や胃の中身が逆流してしまい休養も睡眠も取れなくなってしまった。その時かかっていた心療内科の先生が感情の起伏が激しい人で(診療開始間も無くや休憩後は機嫌がいいが,疲れてくると非常に怒りっぽくなり患者を馬鹿にしたり罵倒したりしてくる),「副作用で眠れない」などと言おうものなら,「あんた何言ってるの? ふざけてるの? よその病院に行ってもいいのよ。でも自分の思い通りになるなんて思ったらダメよ。」ときつい言葉をぶつけてくるような人だった。

なので,元々の持病(無痛性甲状腺炎,ヒルシュスプルング病,アレルギー,片頭痛)で他の病院にもかかっていたので事情を話したところ,ジェイゾロフトを処方された。おくすり手帳があったので,その後は問題なく持病でお世話になっていた病院からジェイゾロフトとデパスを処方してもらえるようになった。

ADHDとASDがあることはわかっていたのだが,検査をして発達障害と診断されたのは5年前,再検査でやはりADHDとASDがあると診断されたのが半年前。5年前に診断を受けた際にADHDの薬であるストラテラも処方されたのだが,体質に合わず吐きまくってしまったので「服用は無理。ストラテラ中止」となった。

今は大体薬があっている。ADHD自体に対しては「指差し確認」「見えるようにする(透明の袋や目の前に必要物を置くなど)」といった行動療法というか薬以外の面から対応するように臨床心理士さんのカウンセリングで伝えると継続した方が良いと言われた。

自分の仕事は人と関わる内容だったのだが,相手が子どもであれば平気だが大人だと非常に苦しい,ということがわかっていた。子どもは突然色々なことが閃いてそれを行動に移すアクティブさがあるけれど,大人はまず否定から入る,というのが原因であるのはなんとなく感じた。

否定から入るってどうなんだろう? それで人生楽しいのだろうか。というか,「あれは危ないからダメ,これも危ないからダメ」「前例がないからダメ」と何もかも否定されるのはASDがある自分は「身動き取れない」状態になるしかないのだが,多分ASDやADHDがなくても全否定されたら身動きできなくなると思う。

会議でもなんでも全部「でも」「だって」「やっぱり無理」で堂々巡り。それに会議と言っても何を話し合うわけでもない,レジメを読み上げるだけ。レジメなんて会議の前に目を通しておけば会議の場ではもっと話し合いができるしアイディアだって出せるだろうに。

自分が知っている人でアイディアが次々浮かんでくる羨ましい人がいた。だが頭の回転に口が追いつかず,表現で手間取ってイライラし,うろうろ歩き始めたり声をあららげたりすることがあった。すると周りはその人の行動を否定する。アイディアそのものは見ない。

そういうことが何度もあった。見ていて辛い。

適応障害や鬱の原因はそれだけではないが,それが原因の一つであることはわかっている。ADHDとASDだけが原因で障害が出てきたわけではない。

自分もカミングアウトしたい。というか何度もしてきたのだが「いやいや,そんな」「冗談ですよねぇ」とスルーされてきただけ。このスルーするという行為は相手の気遣いかもしれないが,かえって落ち込む。ADHDやASDというものが社会的に否定されているような気がするから。

否定されるのは嫌だ。肯定されれば誰だって嬉しい。

せめて自分だけは自分を肯定していたい。

そんなわけで,今日は「ウェントワース・ミラーさん,ありがとう」な気分だ。

足の爪を剥がしちゃった件

昨日うっかり両足の小指の爪を剥がしてしまった。

子どもの頃に何度も爪を剥がしたので,小指の爪が縦に3つに分かれて生えてくるようになってしまった。爪の生えてくるところの根っこを傷つけたのかもしれない。

暑かったので靴下を脱いでボ〜ッとしていた時,その3つに分かれてボコンボコンとなった爪に手が触ってしまった。

そうなるともう止まらなくなってしまった。

「やめないと爪が剥がれる,いかん手を離さなければいけない」と思うのに,手は動き続け,あっという間に左足の爪が剥がれてしまった。そこで止まらず右足まで気になって気になって,気づけば右足の小指も爪が剥がれてスプラッタ。化膿しないように清潔にして様子を見ることにする。

止めようとしても自分が止まらない。生傷は絶えない。

ADHD・ASDがある自分と仕事

今日の弁護士ドットコムニュースに面白い記事があった。見出しは「発達障害の当事者が「管理職」になって感じたこと、工夫できたこと」だった。この「当事者」というのはreiさんというTwitterで同じ悩みのある人の相談に答えている方だそうだ。KADOKAWAから「生きてるだけで、疲労困憊。」というエッセイを出されたというニュース。

https://www.bengo4.com/c_5/n_13333/

発達障害があって管理職をしているという人という見出しに惹かれて記事を読んでみた。

この方,reiさんもADHDとASDがあるそうだ。

最近ではすごく当たり前のように使われるADHDとかASDという言葉は20年ほど前にはほとんど知られていなかった。特別支援教育に(当時は養護教育)携わる人や精神科や心療内科に関わる人の間で知られていたぐらい。一般学校(当時は普通学校)では全くと言っていいくらい知られていなかった。LDと一緒にされていたと思う。そして一般学校ではLDでさえあまり理解されていなかった。

reiさんはインタビューの中で,「ADHDの時間感覚の欠如」と「ASD『空気を読む触覚の欠落のようなもの』」とに触れていた。

自分も時間感覚は欠如している方かもしれない。

順を追って計画を立てて作業に取り掛かるということができない。側から見ていると「いつ始めるんだ?」「間に合うのか?」と非常に精神にきついものがくるらしい。いざ取り掛かってしまえばすぐ終わるのだが。reiさんも「取り掛かってからの過集中」に触れているけれど,取り掛かってしまうと異常に集中して作業が終わってしまうので締切に間に合うのだ。それが周りの人には「ふざけている」「仕事をなめている」と見えることもあるだろう。それはわかる。

時間感覚だけではない。Out of sight out of mind. でもある。視界にないもの(一度視界から外れたもの)は存在しなくなるのだ。

それを忘れると困るから,自分がしてきたことは「指差し確認」「ノートにメモしてもノートを忘れるから付箋に書いて目の前の机などに貼る」「絶対忘れてはいけないことはB5以上の大きさの紙に書いて通勤バッグに貼り付ける」「手や腕に油性ペンで書く」など。PCが仕事の中で大きな位置を占めるようになってからはラップトップに付箋を貼り付けるなどしていた(ラップトップのディスプレイの付箋機能ではない、紙の付箋である)。

それから不思議なことに,PC作業は周りの人より早い。PCには人とのコミュニケーションのようなものがないからかもしれない。

20年以上前に「あなたの症状はADHDです。」と言った心療内科の先生は,「コンピュータはあなたに向いていると思います。」とも言っていた。

ADHDやASDがあっても仕事はできないわけではない。知人のASD研究者の方など「大学教授なんてほとんど自閉スペクトラムですよ。」と言っていたが,自分の身内にいる大学教授はどう見てもASDである。

小学校の先生や特別支援学校の先生など,児童生徒の興味関心をひき学習へ引き込むために,ほとんどEテレの幼児教育番組の「おにいさん」「おねえさん」のテンションである。時には「正気か?」と言われそうな突拍子もないアイディアが飛び出してくる。ADHDのある人の中にはそういう仕事が向いている人がいる。

ADHDやASDだと診断された時に「そうかぁ,ひらめきがあるんだぁ。」「一つのことにめちゃくちゃ集中できるかも。」とかポジティブに受け止めると気が楽なんじゃないかな。

定期通院日 低気圧がしんどい

適応障害と鬱病で,療養しながら月に2回程度通院している。

2日に1回ぐらいは食事と言えるような状態で固形物を食べられるようになった。薬のせいかもしれないし,流動食みたいなものは時折飲んでいるので体重は仕事をしていた頃からちょっとしか減っていない。

ADHDがあるから,待合室で待つ間,家族と一緒に来院した人が話をしているのが聞こえると,その話の内容に反応しそうになってしまう。反論しそうになったり同調しそうになったりするから,声を出さないように,動かないように,と自分を押さえ込む。全く見知らぬ人間がいきなり話しかけたら誰だってびっくりするだろうことはわかっているから(子供の頃はそれがわからなかった)。

今日は試しに携帯に入っている音楽を聴きながら待ってみた。待合室でもBGMはあるが,オルゴールっぽい音で何だかぽわんとした音楽で,何だかイライラしてしまうから。時々ジャズをかけてくれる時は我慢できるのだが。

しかし,新しいイヤホンが耳からすぐにスポッと抜けてしまうので,それが気になって気になって逆効果だった。イライラした。家で使っているのはイヤホンではなくノイズキャンセルのヘッドフォンなので,次は多少待合室で目立ってもいいからヘッドフォンを持って行こうかと思う。

診察室に入り「調子はどうですか。」と尋ねられて,「可も無く不可も無くです」と答えてしまった。

本当は,かなり不可な部分がある。それでも食べられるようになっただけマシかな,と自分に言い聞かせている。

自分が今どこにいるのか,何をしているのか,今そんなことを考えているのは自分なのか,今周りにある世界は現実なのか違うのか,よくわからない。

天気が悪いせいなのか。頭が変。台風が近づいているからとても調子が悪い。

低気圧の日の体調不良

昨日から天気が崩れてきたから,体調も崩れてきた。

ここ数年,天気が悪いというか低気圧の時,体中もしくは手の先に電気が走るような感じや,意識がベリっと自分から引き剥がされるような感じ,目が回ったり気持ちが悪くなったりして立っているのが難しくなる。

天気がどんなに良くても,この症状が出たら必ず天気は崩れ始める。

子供の頃にはなかったし,大人になってからもなかった。本当にこの数年で(厳密に言えば9年前の夏から)突然始まったことなのだ。

現在のところ日常生活にはそんなに差し支えはない。この状態がひどい時には外出もしないし,当然車の運転もしない。ただただじっとしている。

天気が良い日が続く分には,問題なく生活できる。

心療内科に通院するたびに相談しているのだが「専門ではないので何とも言えない。」とのこと。脳波を調べて診断できる病院でなければ適当なことは言えないのだろう。

発達障害が原因なのか,ADHDが原因で何度も何度も頭や首を強打しているから(首は右に斜めに曲がって変形している)そのせいなのか,脳脊髄液減少症でもあるのか。原因がはっきりして対処法がわかれば安心できるのだ,きっと。

後日心療内科の先生に紹介状でも書いてもらうか,自分で探すかして(近隣には結構脳神経外科や脳神経内科がある)脳波検査を受けようかとも思う。

今日の自分はかなり低空飛行だ。

ADHD・ASDがあって困ること その1

このところ有名人で発達障害をカミングアウトする人が増えてきたけれど,ADHD(注意欠陥性多動障害)が多いのだろうか? それ以外なのか?  ASD(自閉スペクトラム症)はあまり聞かないような気がする。

数年前に地元の国立大学で教員免許更新講習で学習障害についての講義を受講した際,「この人は私と似た匂いがするぞ」という感じの教授が,「障害というのは,生活する上で障害があれば障害だけれど,障害なく生活できれば障害とも言えなくなってくるので,深く考えすぎないように。」と言っていた。

それで言えば,有名な人達の中にも生活に障害が出ている人がいるのかもしれないし,本当は生活上の障害はないけれど診断的に障害と言っている人がいるのかもしれない。

私は? 私はどうだろう? 生活上の障害は出ている。それは確か。そして今は適応障害と鬱病になっている。小中学生の時は自傷(剃刀で腕や手を切る,手足の爪を剥がす,髪や眉毛を手で力任せに引っこ抜くなど)。10代から20代にかけては摂食障害のため体重は1ヶ月に10キロ単位で増減していた。片方の耳がストレス性突発性難聴で聞こえなくなった。摂食障害と突発性難聴は治ったが(と思う)。

生活上の不都合が多すぎるので咄嗟に全部は思い出せない。一番困ることは,目の前にないものは存在しなくなることだろうか。

Out of sight out of mind. という英語の諺があって「去る者は日々に疎し」と訳されているが,「日々にうとし」どころか視界から外れた瞬間に「うとし」になってしまう。その結果,「鍋を火にかけたまま忘れる」「鍵をかけ忘れる」「なんでもどこかに置き忘れる」「机に置いた物の存在が見えなくなりその上にまた物を置く(自分の目には片付いているように見えている)」「自分がどこで何をしているのか忘れる」などがある。忘れるというよりも,情報が上書きされてしまうのに似ている。

1メートル先に目が向いた瞬間に30センチメートルに先あるストーブの存在を忘れて前進して突っ込みストーブに手をついて火傷,ということがあった。これは目の前にストーブがあることはもちろん見えていて知ってるたのだが,1メートル先に目が向いたことで新しい画像が脳に上書きされてしまい手前の風景は消されてしまうということ。

はしごに登って他のものに気を取られ自分がどこにいるのか忘れ,別の作業をしようと手と足を放して転落,ということもあった。

生傷は絶えない。

普段づかいのバッグ,中身が全部見えるように上から左右にかけて大きくジッパーが開くタイプしか使えない。小物類をポーチに入れると存在を忘れるので,ジップロックのような透明のファスナー付きの袋に分けて外からも見えるようにしている。

おしゃれとは無縁になる。

自分の場合は服装も一般的な組み合わせができない。

これはどう説明していいのかわからないけれど,草間彌生のようにめちゃくちゃ派手になったり,柄物に柄物でさらに柄物を重ねる組み合わせをしたりする。

服の組み合わせを考えることができない。あるいはこだわりを手放せない。何をどういう順番で着ればいいのかわからない。仕事に行く時には,前の晩に組み合わせを決めて順番に並べておかなければならない。それとADHDだけでなくASDのせいもあるけれど,いつも同じデザインの服を同じ組み合わせで着るのが一番気持ちは楽だと思う。

でも制服は大嫌い。同じデザインの服をいつも着るのが楽と言っても,それは毎日同じ服を着続けることではないし(雑菌が繁殖しそうで怖くなる),周りにいる人間が皆同じ服を着ているのを見ると恐怖のようなものを覚える。同じ形がたくさんかたまった集合体に恐怖する傾向があるからだろう。本当に本当に怖い。

自分の服は,上はボタンなどがあまりなく頭からかぶるタイプ,下はゆったりした形,どちらも綿ジャージのような肌触りの良い素材が好きだ。感覚過敏のせいもあるが,平織素材はカシャカシャした感じで苦手だ。やはり過敏それと接触アレルギーのため,内側についているブランド名やサイズのタブが当たるのがイヤでイヤで気持ちが悪くて購入したら必ずハサミで切り取ってしまう。

いつも同じデザインの服を着ていると言っても,スティーブ・ジョブズだったら誰も文句は言わないのだろうが,私が同じデザインの服を大量買いするのはあまり関心されない。結婚当初の夫は「どうして同じデザインの服ばかり買うの?」と随分驚いていた。すり減ったり破れたりするたびに同じデザインか似た物を買っているので,今では夫も慣れてきたような気がする。

普通の服装が普通にできる人はすごいと思う。

わかってホッとしたADHDとASD

心理検査やら通院中の状態やらもろもろ込みで,「ADHDとASDがありますね。」と診断されたことでは正直ホッとした。
ADHDがあることは,もう20年以上前にお世話になった心療内科で言われていたのだけれど,当時の日本ではADHDという概念がほとんど知られていなかったから,周囲に自分の状態を説明しようにも理解してもらえなかった。
とはいえ,今でも「自分,ADHDがあって」と言ったとしても,「あはは,そんなことないよ。」と否定の言葉で慰められてしまう。「いや,そこ,慰めなくていいよ。」と内心では悶々としていた。
ただ自分がこういう状態だと自分で知っているだけでも,気は楽。

大人のADHDというのではなく

ADHDとASD,これは最近検査の結果医師からも告げられたこと。おそらくHSPもあるのだろうけれど,それは検査ができない(少なくとも自分が通院している所では)らしい。

小学校に入学した翌日から,「うわぁ,自分には学校ってだめだ。」という恐怖感のようなものがあった。周りにいる同級生や通学班の上級生達にどんな顔をして何を話せばいいのかわからない,というか,自分と彼らの間に見えない大きな壁があって全く乗り越えられない感覚があって,とにかく怖い。その場所にいたくない。行きたくない。

突然しゃべり出すことや歩き出すことを他人は変に思っているのがわかるのに,止めることができない。

それでも勉強だけはできたので,誰も「私は今ものすごく苦しいんです。」と心で叫んでも誰に気づかれることもなく,むしろ「学校を舐めている」「ふざけている」と言って露骨に怒りを見せてくる教員が大勢いた。小学校の1〜2年持ち上がりだった担任の先生だけは,我慢して受け止めてくれたけれど,小学校3年以上になってから中学を卒業するまで,学校は地獄というか生きた心地のしない場所だった。高校は当時の県内では偏差値の高かった(今はどう?)進学校だったので,よくも悪くも先生は生徒に無関心だったから虐められることもなかったが,小中,特に小学校は酷かった。

だから,最近よく聞く「大人のADHD」という言葉には非常に違和感を覚える。

「大人の」ではなくて,「子どもの頃からずっとあったのに誰も気づかなかったADHD」なのだ。大人になったから急に出てきたのではない。大人になると,仕事をしたり,近所との関わりができたりと,多くの人の間に入らなければいけなくなるから,そこで苦しさが爆発してしまうのだ。

何度でも書いてしまうけれど「大人のADHD」ではない。

抱えている苦しさに潰される前に,誰か周りの大人に気づいてもらえたらちょっとは助かるだろう子どもがいるのだ。