コールドプレイのチャンネルで,BTSとコラボした”My Universe”の歌詞ビデオではなくて,ColdplayとBTSが出ている動画が公開された。
「昔々,星々の間では音楽が禁止されていた。サイレンサー(沈黙させるもの)が見張っていて音楽を楽しむものは狩られてしまう。しかし,エイリアン・ラジオのDJがそれに逆らい,異なる惑星の3つのグループ(Cold Play, BTS, エイリアン)をホロバンド(ホログラムのバンド)として団結させた。」というストーリー。エイリアンはCG(特殊メイクもあるのか?)。最後までストーリーがしっかりあるのが素晴らしい。
残念なことに,このMVはLyrics版同様貼り付けられない。なのでYouTubeで頑張って繰り返して見てください,ということなのだろうと思う。
これを見ていると,前にColdplayがリリースした”Higher Power”のMVとも世界観が近いような気がする。
“My Universe”を初めて聞いてから感じていることがある。これをBGMにして,アーシュラKル・グィンが著した,ハイニッシュ・ユニヴァースのシリーズを読んだら気持ちがよかろうな,と。
もちろん全部ではない。好みとしては「辺境の惑星」のエンディングあたりとか,「所有せざる人々」のエンディングあたりで聞きたい。「闇の左手」や「アオサギの目」「世界の合言葉は森」などには合わないかな,と思う。
「辺境の惑星」は,悲しい場面もあれば戦いの場面もあるが,最終的には未来に希望があるような気がするから。
ハイニッシュ・ユニヴァースというのは,ル・グィンが作り上げた遠い未来の宇宙の物語。地球人が移住した星,地球人とほぼ同じ姿あるいは異なる姿の先住民がいる星,等々が宇宙連合的なエクーメンという組織に属していたり「所属してください」とエクーメンから使節を送られたりしている。
未来の宇宙は,ル・グィンが執筆活動をしていた20〜21世紀の世の中で,多くの楽観的な人々によって考えられたような,進歩的で明るいものではない。戦争は相変わらずあり,人種差別があり,富める人々が貧しい人々から搾取する社会があり,と何千年何万年も前から繰り返されてきた人類の歴史そのまま。ル・グィンは,いわゆる現代社会そのままを「宇宙」という範囲に広げて描いている。
ル・グィンはお母さんが高名な文化人類学者だった(岩波書店から著作の翻訳本も出ている)影響から,作品には文化人類学や社会学に通じる面がある。また東アジアの哲学に造詣が深く,特に道教や荘子の思想をよく作品に用いている。
BTSの”Spring Day”という歌のMVに,ル・グィンの「オメラスから歩み去る人々」からインスパイアされた場面がある。「オメラスから歩み去る人々」は掌編小説だが,同時期に発表された長編「所有せざる人々」と似たところがある。この2編は対になっているというか,双子のような作品だ。
「オメラス」というのは舞台となる場所の名前。ちなみに,ル・グィンが「オメラス」という名前を思いついたのは,彼女が自分の住んでいたオレゴン州ポートランドからドライブをして,同じくオレゴン州のセイレムという街を通った時に,標識を見たのがきっかけだという。Salem, Oregon が車の動きのため salemO に見えたから反対側から読んで「オメラス」になったという。
ついでに,私の知人に,本当にアメリカ合衆国オレゴン州セイレム出身,という人がいる。とても素朴で優しい人である。見せてもらったセイレムの街の写真も「うわ〜のどか」というもので,この街で育つとこうなるのかなぁ,と思ったものである。
BTSのMVや歌の中には「花様年華」という,大作フィクションのストーリーに沿った内容のものがある。”Spring Day"もその中に入るようである。しかし,同時にこの歌はいくつかの独立したメッセージを発信していて,一つはセウォル号沈没事件の犠牲者や遺族への哀悼,一つが「オメラスから歩み去る人々」の「歩み去っていく人のいく道のその先」などである。
「花様年華」は,ル・グィンの「天のろくろ」に似たところがある。「天のろくろ」は荘子の「天じん(漢字を忘れた。吊り下げられたもののことらしい)」を英語に翻訳する際に,若干の誤訳があり「じん」が「ろくろ」になったと高校時代に読んだサンリオ文庫(廃刊)の後書き(翻訳者の脇明子によるものだろうか)にあった。
さらに「花様年華」には”Butterfly"という歌もあり,MVの中にも蝶の絵のカードや蝶が舞い上がるシーンがある。これがまた,荘子による「胡蝶の夢」という話を思い出させる。
BTSのリーダーであるRMは大変な読書家だそうだが(辻仁成作品も好きだそうだ),この調子で行くと,BTSのMVで壮大なハイ・ファンタジーが作られそうな気がする。その作品を見てみたい,本を読むように物語に入り込むように感じてみたい。