7匹目のニャンコ③

市役所の人が猫の写真を撮りに訪問してから数日後、また市役所から電話があった。内容は、「野良猫だという情報をくれた人が、この前撮った写真でははっきり見えないから直に猫を見たい、と言っているので、その人に猫を見てもらうために、猫を連れてきてもらえないか」というもの。

ちょっと、ふざけているよね、と思った。

どうして、飼い主でもない、東京から、時々、所有する空き家の様子を見に市内に来て、その様子見の時のさらに時々見かける猫に餌をやっていた人、という、訳のわからない人のために、保護した猫を連れ出さなければならないのか?

「この子は、もともと野良猫だというのは、獣医さんにも見ていただいて聞いています。その方も野良猫だったことはご存知だと思うのですが、野良猫はいつ飛び出してしまうかわからないので、外に連れ出すというのは無理です」

「もし、その方がこの子に会いたいというのなら、別に構わない(本当はものすごくストレス)ので、自宅までいらしてください」

と伝えた。

すると、「その方もいつもこちらの市内にいるわけではないので・・・・あと、こちらの課としても、他の都合もありまして・・・・・調整します」

というので、私はいつでも構わないから(とっとと済ませたかった)都合を合わせる、と伝えた。

数日後、また電話。

「相手の方の都合の良い日が決まりました。それで、何かケースにでも入れて連れてきてもらえますか?」

どうしてそういう話になるのか。

「いや、自宅に来てください。野良猫だった子なので逃げ出し防止のために連れ出せません」

と再度伝える。

「わかりました。では◯月◯日の◯曜日に伺います」と市役所の人。

そして◯月◯日◯曜日当日、前回の市役所からの訪問時に、うちの猫たちに逃げられてしまって、彼らをキャリーに入れられなかったので、予定より1時間半も前からスタンバイ。ご飯の時間を朝ではなく昼まで延ばして、ご飯で誘って、うちの猫と犬をキャリーやケージに入れた。結果として、それは、正しい判断だった。そうでなかったら、大変なことになっていた。

時間になって、市役所員2人と一緒に来たのは、70歳代以上に見えるご夫婦だった。私は正直驚いた。このお年で、東京からわざわざこの遠い市まで空き家の様子を見に時々でも来ている、というのは、本当に大変だと思ったから。私も、高速道路で2時間以上かかる実家の様子を見に行くのはとてもしんどいから。

そのご夫婦のうち、奥さんは、挨拶をしてくれた。旦那さんは、今一つの感じだった。「どうぞ、お入りください」と言うと、旦那さんは、ぼそっと奥さんに「外にいる」というようなことを言っていた。ちょっと嫌だな、と感じたが、単に愛想のない人なのかと思うことにした。

市役所員さん2人とその奥さんが家の中に来て、ケージの近くまで来た。

私は、猫のここしばらくの様子(ご飯の食べが良いこと、野生だったからおしっこはトイレでできないこと、うんちはトイレですること等々)や、3年前から餌などやっていたが、自分の家も大変だったので保護が遅れてしまったことを話したが、市役所員さん2人も奥さんも、全く聞いていなかった。

私の話を遮るように、奥さんは、「少し、顔が丸くなっているけど、この子です」と言う。野良猫さんを確認しに来ただけなのだから(と言うか、飼い主ではない人なのだから確認すら必要ないのではないだろうか)、これで皆さんの御用は済んだかな、と私は思ったのだが、そうではなかった。

奥さんは「お散歩は?」と聞いた。「え?保護猫に散歩?」と頭の中がぐるぐるした。

県の動物指導センターや環境省からは、猫の室内飼いが奨励されている。特に、県の動物指導センターや市役所経由で保護猫の里親になる人には条件があり、その中に「猫を外に出さない」と言う項目がある。

私だって、できれば猫には外の世界を謳歌させたい。けれど、私の実家周辺ならとにかく、今住んでいるこの市のこの区域は、車の往来が激しく、猫や鳥の轢死体を見ることもよくある。そんな環境にどうして出すことができようか? 

それに、私自身、若かった頃、出張の時に母親に猫を預けたところ、母と姉がキャリーに入れずに猫を連れ出してしまい、猫が逃げて、そのまま見つからなくなってしまったことがあった。あの時、母も姉も私に猫がいなくなったことを全く伝えず、帰宅するまで私は知らなかった。知って、慌てて雨の中現場に探しに行って、名前を呼びながら歩き回ったが、結局、見つかったのは、1か月後、車にはねられて死体になった猫だった。

苦しかった。何もできなかったことが悔しかった。

学生の頃にあったことでは、今でも時々うなされることがある。実家の庭で猫と遊んでいた時に親戚が来て、祖母に用事でもあるのだろう、と思って祖母に声をかけて、私が猫と遊び続けていると、突然、その親戚が持っていた棒で猫を殴りつけてきたのだ。一瞬のことだった。猫の首が折れ曲がって、糞便を垂れ流した。助けようとしたが、曲がった首は元には戻らない、そこへ、まだその親戚が近づいてきた。猫は最後の力を振り絞ってその攻撃者から逃げて、排水管の中に潜り込んで、そのまま出てこれなくなった。そこで死んでしまった。

あの時のことを忘れない。苦しかった。今でもあの親戚が憎い。同じ目に合わせて殺してやりたい。あいつの首を棍棒でひん曲がって元に戻らなくなるまで殴ってやりたい、だが、もうその親戚は長い闘病の末に亡くなってしまっている。その親戚は酒乱だった。その時も、今だったら考えられないことだが、酒気帯び運転で家まで来たのだ。酒で狂って、生き物の命も何も考えず、ただ暴力を振るうためにふるっていただけだ。

だが、そういう人間は、今だって、あっちこっちにいる。酒乱でなくてもいる。お隣の塾に来る子供の中には、猫を可愛がっていた子もいたけれど、棒を持って追い回していた子供もいた。その子供は私が追い払ったが。

だから、その話をしたが、奥さんも市役所員も全然聞いていなかった。私としては、市役所の所轄課なのだから、県の動物指導センターの条件や省庁や県の条例を承知しているべきだと思ったのだ。市役所員さんに「条例で猫は室内飼いと言うことになっている」と説明してほしかったのだ。

でも、彼らは全然私の話を聞いていなかった。

「抱っこしていいですか」と奥さんにこわれて、「え?ああ、はい。いいですよ」とケージから猫を出したが、実は、この猫、抱っこは好きではない。嫌いでもないが、抱っこすると身を捩って逃げようとする。それで逃げられたら不安なので、奥さんが抱っこする間、奥さんの前に回って、奥さんの腕の周りに腕をまわして猫が逃げないようにカバーした。「すごく人馴れしていて、撫でられるのは好きですよね。よくお隣の塾に通っていたメガネの女の子に撫でられてゴロゴロしてましたよね。でも、抱っこは足をつっぱっちゃうかな」と言いながら。

すると次は、「写真を撮っていいですか?」と聞いてくる。「はい」と言うと、奥さんは突然、「あ、カメラ」と言って、リビングのドアを開けてしまった。そして「お父さん、カメラ、カメラ」と言う。そのお父さんと呼ばれた旦那さんは、玄関ドアを開いたままで立っていた。私は、心の中で「やめて、やめて」と叫んで、慌てて猫をケージに入れてケージのドアを閉めた。この人達には、猫が脱走するかもしれない、と言う危機感が全くなかった。

もうだめだ、この人。叫び出したかった。

それから、その奥さんは、「私が引き取ってもいいですか?」と言ってきた。

「でも、私が警察に拾得物として届けていますので・・・」だから諦めてほしい、と思ってそう言ったのだが、横から市役所員の男の人が「だったら、警察に届けている住所をここではなくて、そちらの住所に変えればいいんですよね、簡単ですよ」と言った。

何を言っているんだ? 何を勝手に話を進めているんだ?

「いや、拾得物として3か月の保管責任があるんです。それに、拾得物として届けているのは、私です。署名して、届出を警察に出してあるんです。例えば財布とかだったら警察で保管するのでしょうけれど、この場合は、私が警察の代わりに保管していることになるんです」

この人達が言っている話を例えて言うと次のようになる。

「私が道で財布を拾ったので警察に届け出て、『3か月経っても落とし主現れない時にはあなたの物になりますよ』と言われた。そこへ、財布の持ち主ではない人が、『その財布は見たことがあるから私にください』と言っている状態」

どう考えてもおかしい話ではないか。

それに、私の話を全然聞いていないけれども、この猫は本当におしっこがトイレでできないのだ。その時はお客さんが来るからと室内に敷いていたトイレシーツを大分減らしてあったけれど、この猫がうちに来てからは、好んでマーキングする場所にトイレシーツを敷いているから(野良猫はマーキングをするものだ)、室内はトイレシーツだらけ、猫がおしっこをしたら大急ぎでトイレシーツを片付ける(床にされた場合は急いで拭いて、消毒して、ファブリーズをかける)から、立ったり座ったり動き回ったりが頻繁にあるのだ。

そして、このご夫婦は、お年のせいなのか、杖を使っていた。しょっちゅう立ったり座ったり、おしっこ始末をして回ることがとても難しいことは、想像に難くない。

それに、動物指導センターや市役所経由の動物里親になる場合、年齢制限があるのだ。60歳以下であること。このご夫婦は、どう見ても70歳以上。なぜ、市役所員のお二人は、その点を説明しないのか。

なので、はっきり年齢のことを告げるのは失礼かと思った私は、「この子、獣医さんの話では、3歳から5歳なんだそうです。あと、15年少なくとも10年生きるんです」と、遠回しにではあるが、伝えてみた。

でも、全然、奥さんには伝わらなかったし、市役所員2人も全く説明しなかった。

それに、とにかく、彼らは、私の家で、私が保護した猫なのに、完全に私を無視して自分達だけで話していたのだ。しかも、市役所はもちろん動物指導センターにも警察にも、「3か月間、飼い主が現れなかったら、私が飼います」と、最初から伝えてあるのに。

そして、あれよあれよと言う間に、何故かその奥さんが里親になることになってしまっていた。

ちょっと待って、と口を挟むこともできなかった。それに何より、このご夫婦は、動物里親になる条件をクリアできない面がたくさんあるのに、市役所員がそれを全く説明しないだけでなく、勝手に里親縁組の話を進めているのだ。

彼らが帰った後、どっと疲れて、ものすごく気持ちが悪くなった。本当はすぐに市役所に抗議の電話を入れたかったが、体が持ち上がらなくなってしまった。

夜、夫と話し合った。夫は、「この子を渡したくないんだよね。渡す必要もないよね。その人達変だよね。渡さなくていいよ」と言った。

それは、私の気持ちでもあった。

だから、翌日、力を振り絞って市役所に電話した。ところが、「昨日、双方で電話番号を交換されていたので、後のことは、そちらで対応してください」と言われてしまった。

仕方なく、奥さんに直接電話したが、説明すべきこと(年齢のこととか、足腰のこととか、室内飼い必須のこととか)は、やっぱり相手に失礼かと思えて、ただ、「申し訳ありません。あの子を渡せません。うちの子にさせてください」しか言えなかった。泣きそうになった。

ところが、電話の向こうは沈黙。しばらくして「今話しても押し問答になるので、後で電話しますので、切ります」と、切られてしまった。

一体、どこに押し問答になる要素があるのか?

その後、電話はかかってこない。かかってきたとしても話したくない。また、話すこともない。

気持ちが重い。気持ちが悪い。苦しい。

でも、今回のトラブルは、市役所員の暴走としか言いようがない行動が原因だったことは確かなので、そこは、しっかり伝えて、今後はこう言うことが起こらないように、環境に関わる所轄課の市役所員に、環境省や動物指導センターや市役所の動物里親の条件や、里親契約書のことなど(私がうちに既にいる保護猫を引き取った時に書かされたような)、しっかり覚えてほしいのだ。

夫と、動物里親経験のあるいとこ(話をしたら、私と同じぐらい怒っていた)、割と法律に詳しくペット先進国というか、ヨーロッパに詳しい姉にも一応相談し、やっぱり今回の市役所の対応はおかしいということで一致。市役所の問い合わせメールでは埒が明かないから、文書にして、課長宛に送った方が良いだろう、ということになった。市役所と喧嘩にならないようにしつつ、でも、最低限必要なことは市役所である以上注意してもらいたいと思う。

疲れた。いや、疲れている。

でも、猫が元気でよかった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です