BTSとColdplayの My Universe コラボMV

コールドプレイのチャンネルで,BTSとコラボした”My Universe”の歌詞ビデオではなくて,ColdplayとBTSが出ている動画が公開された。

「昔々,星々の間では音楽が禁止されていた。サイレンサー(沈黙させるもの)が見張っていて音楽を楽しむものは狩られてしまう。しかし,エイリアン・ラジオのDJがそれに逆らい,異なる惑星の3つのグループ(Cold Play, BTS, エイリアン)をホロバンド(ホログラムのバンド)として団結させた。」というストーリー。エイリアンはCG(特殊メイクもあるのか?)。最後までストーリーがしっかりあるのが素晴らしい。

残念なことに,このMVはLyrics版同様貼り付けられない。なのでYouTubeで頑張って繰り返して見てください,ということなのだろうと思う。

これを見ていると,前にColdplayがリリースした”Higher Power”のMVとも世界観が近いような気がする。

“My Universe”を初めて聞いてから感じていることがある。これをBGMにして,アーシュラKル・グィンが著した,ハイニッシュ・ユニヴァースのシリーズを読んだら気持ちがよかろうな,と。

もちろん全部ではない。好みとしては「辺境の惑星」のエンディングあたりとか,「所有せざる人々」のエンディングあたりで聞きたい。「闇の左手」や「アオサギの目」「世界の合言葉は森」などには合わないかな,と思う。

「辺境の惑星」は,悲しい場面もあれば戦いの場面もあるが,最終的には未来に希望があるような気がするから。

ハイニッシュ・ユニヴァースというのは,ル・グィンが作り上げた遠い未来の宇宙の物語。地球人が移住した星,地球人とほぼ同じ姿あるいは異なる姿の先住民がいる星,等々が宇宙連合的なエクーメンという組織に属していたり「所属してください」とエクーメンから使節を送られたりしている。

未来の宇宙は,ル・グィンが執筆活動をしていた20〜21世紀の世の中で,多くの楽観的な人々によって考えられたような,進歩的で明るいものではない。戦争は相変わらずあり,人種差別があり,富める人々が貧しい人々から搾取する社会があり,と何千年何万年も前から繰り返されてきた人類の歴史そのまま。ル・グィンは,いわゆる現代社会そのままを「宇宙」という範囲に広げて描いている。

ル・グィンはお母さんが高名な文化人類学者だった(岩波書店から著作の翻訳本も出ている)影響から,作品には文化人類学や社会学に通じる面がある。また東アジアの哲学に造詣が深く,特に道教や荘子の思想をよく作品に用いている。

BTSの”Spring Day”という歌のMVに,ル・グィンの「オメラスから歩み去る人々」からインスパイアされた場面がある。「オメラスから歩み去る人々」は掌編小説だが,同時期に発表された長編「所有せざる人々」と似たところがある。この2編は対になっているというか,双子のような作品だ。

「オメラス」というのは舞台となる場所の名前。ちなみに,ル・グィンが「オメラス」という名前を思いついたのは,彼女が自分の住んでいたオレゴン州ポートランドからドライブをして,同じくオレゴン州のセイレムという街を通った時に,標識を見たのがきっかけだという。Salem, Oregon が車の動きのため salemO に見えたから反対側から読んで「オメラス」になったという。

ついでに,私の知人に,本当にアメリカ合衆国オレゴン州セイレム出身,という人がいる。とても素朴で優しい人である。見せてもらったセイレムの街の写真も「うわ〜のどか」というもので,この街で育つとこうなるのかなぁ,と思ったものである。

BTSのMVや歌の中には「花様年華」という,大作フィクションのストーリーに沿った内容のものがある。”Spring Day"もその中に入るようである。しかし,同時にこの歌はいくつかの独立したメッセージを発信していて,一つはセウォル号沈没事件の犠牲者や遺族への哀悼,一つが「オメラスから歩み去る人々」の「歩み去っていく人のいく道のその先」などである。

「花様年華」は,ル・グィンの「天のろくろ」に似たところがある。「天のろくろ」は荘子の「天じん(漢字を忘れた。吊り下げられたもののことらしい)」を英語に翻訳する際に,若干の誤訳があり「じん」が「ろくろ」になったと高校時代に読んだサンリオ文庫(廃刊)の後書き(翻訳者の脇明子によるものだろうか)にあった。

さらに「花様年華」には”Butterfly"という歌もあり,MVの中にも蝶の絵のカードや蝶が舞い上がるシーンがある。これがまた,荘子による「胡蝶の夢」という話を思い出させる。

BTSのリーダーであるRMは大変な読書家だそうだが(辻仁成作品も好きだそうだ),この調子で行くと,BTSのMVで壮大なハイ・ファンタジーが作られそうな気がする。その作品を見てみたい,本を読むように物語に入り込むように感じてみたい。

ジェームズ・コーデンとBTS

今日のニュースを見ていたら,イギリスのコメディアン・俳優のジェームズ・コーデンがBTSを中傷しているかのようなタイトルの記事があった。

https://www.cosmopolitan.com/jp/k-culture/korean-entertainment/a37748158/army-bts/#

ソースはコスモポリタン紙。だが,読んで言ったら,これはあまりにもひどい言いがかりではないだろうか?と感じてしまった。

コスモポリタンも煽るような見出しであるから,言いがかりを助長していると思うし,こんな誹謗中傷を平気でする人間がファンを名乗るのは,BTSにとってもダメージにしかならないと思うのだ。

ジェームズ・コーデンはイギリスの人で,10年ぐらい前には映画の主演もしたし,私の好きなイギリスの御長寿ドラマ(60年ぐらいやっている)「ドクター・フー」にも数回重要な役で出演しているし,何より今では有名な司会者として番組を持っている。

特に「CARPOOL KARAOKE (カープールカラオケ)」は大人気だ。ポール・マッカートニーと一緒に彼の故郷を訪ねつつ一緒に車の中で歌いまくるとか,ジョナス・ブラザーズとは彼らのキャリアについてシリアスな話をしつつ歌いまくるとか,ミシェル・オバマと二人漫才みたいになりながら歌うとか,多種多彩なゲスト(多種多才というか)が来て,車の中であるのを良いことに大声で歌いまくる,なおかつインタビューする,という楽しい番組だ。

BTSも以前「カープールカラオケ」に出演している。ジェームズが「どうして英語がそんなに話せるのか」と質問すると「友達やテレビから」とRMが答え,ジンが「僕もテレビや友達から英語聞くけど話せないよ〜」と笑っている。ジェームズも一緒にみんなで ”MIC Drop"大合唱もある。

韓国のM NETで毎年開催されるMAMA(Mnet Asia Music Award)で,コロナ問題で有観客ライヴができず,映像とオンラインで進行された2020年度授賞式では,ジェームズ・コーデンがオンラインでプレゼンターを務め,BTSが受賞して嬉しい,と言っていた。

今回コスモポリタン紙が「BTSファンから批判」と煽ってきているのは,ジェームズ・コーデンが先日行われたBTSの国連でのスピーチに関してSNSに書き込んだことで,BTSのファンが「BTSのファンは15歳の女の子だけじゃない」「ジェームズ・コーデンがBTSを貶している」と怒っているというものだ。なんだか「?」である。

ジェームズ・コーデンが言っているのは「今まで国連や国連の活動に興味関心を持たなかった人々が,BTSを通して関心を持ち始めるだろう。」ということだ。批判や貶すというのではなく,彼はむしろBTSを称賛しているのだ。

確かに,ファンの中には多少思考に問題がある人もいるだろうが,それが全てのファンではない。今回,一部で過激でリテラシーのないファンが暴走しているかもしれない。だが,一番の問題は,このコスモポリタン紙のように,あたかも全てのファンがジェームズ・コーデンを非難しているかのように扇情的な記事を出してくるメディアの方である。こんなことでジェームズ・コーデンの番組の視聴率がどうかなるとしたら,大変おかしなことである。その視聴率というのはどの世代のどの人々によるものなのか。

リテラシーは大変重要なものである。日本では,1980年代から学習指導要領というものが大幅に改訂されててしまい,学習内容がバッサリと切り取られ捨てられてしまった。そのため教科書内容も系統性を欠くものがあり,現場の教員の中には子ども達の将来を憂える人もいた。今から10年ほど前に,また少し学習指導要領が変わり,突然学習内容が増えたのだが,当時の児童生徒と教員はとても大変な思いをしただろう。

現在でも,小学校での英語導入やプログラミング導入や増え過ぎた行事などのために,国語の学習内容は30〜40年前の半分ほどになっているので(土曜日が休みになったこともある,スピーチの学習など意見を出す学習が増えたが読み取り学習は減った),リテラシー(読解力)を育てることが難しくなっている。

私の夫の育ったレバノンでも,20年ほど前から小学校で英語を使った授業や英語学習が導入され,ドロップアウトしてしまう子どもが急激に増えた。中東では社会的構造のためでもあるが,小学生でさえ2年連続で全科目及第点を取れない児童は退学になる。なんとか小学校を出ても中学校でかなりの子どもが落第し退学になる。

私はかつて英語を教えていたことがあるのだが,母語による文章理解や抽象概念の理解ができないと,外国語の習得は難しい。日本人の中には「英語は暗記科目」と信じ込んでいる人がいるが,説明されたことが何を意味しているのか理解できなければ,何も理解できないのと同じなのである。だから国語力が必要だ。それは英語に限った話ではない。数学でも理科でも言葉が分からなければ「なんだこれは?」になってしまうのだ。ついでに言えば,英語学習は数学や社会科に通じるところがある。だがそれは別の話。

国語は話せれば良いというものではない。漢字の読み方ができない人が多過ぎて,ついには新しい読み方が定着し,辞書では正しい読み方に新しい読み方が並記されるケースもある。そうなると共通概念を持つことが難しくなる。私はここ30年ほどで変わり果てた岩波書店の辞書,「広辞苑」を見るのがとても悲しい。今時は,アナウンサーでさえ漢字が読めないのだ。なんとも恐ろしい世の中だ。

世界中が「英語学習」や「コンピュータ学習」に偏り,大切なことを忘れてしまって,気づけばリテラシーで障害が現れている。

話が逸れてしまったが,ジェームズ・コーデンは面白い司会者である。また俳優・コメディアン・声優である。イギリス人だから,時々イギリスっぽい皮肉を言ったりイギリス的なブラックジョークを言ったりするが,今回は何もおかしなことは言っていないと思うのだ。

ファンというのは普通の人間だから仕方がないのといえば仕方ない面もあるが,BTSのファンには冷静になってもらいたいものだ(私もBTSのファンではある)。

BTSは良いですねと改めて思ったという話

Global Citizen Liveのチャンネルをチェックしていたら,ColdplayだけでなくBTSの動画もアップされていた。

改めて「良いなあ」と思った。ただし,私には背景のソウル市内の映像がグリーンスクリーンに見えてしまう,という問題があるのだが。それは私がASDを持っているからかもしれない。ドラマや映画を見ていても「ここから先はグリーンスクリーンだ。」と思いながら見ている。それはいつものことだ。だから私はマーベルの映画を見られない。見ても変な感じがする。全面にグリーンスクリーンが張り巡らされているように見えるから。

それは置いておく。

私は小学校に入学する前はクラシックばかり聞いていて,特にバロック音楽が好きでバッハやヴィヴァルディがお気に入りだった。モーツァルトやベートーヴェンも聞いたが,実はベートーヴェンはあまり好きではなかった。ヘンデルは好きだったかもしれない。両親がクラシック音楽が好きで家にレコードがあったから。

幼児期にクラシック以外で聞いていたのは,モンキーズをほぼ毎日(テレビ番組があったから),ビートルズを時々(父のラジオから流れてきたのでビートルズ以外もあった)。小学校に上がってすぐに,シカゴの「長い夜」を聞いてすごく気に入った(母の末弟がバンドが好きだった)。

毎日毎日洋楽とクラシックばかり聞いている私を心配したのか,当時父の弟がまだ大学生で教員養成課程にいたのだが,ある日童謡のレコードを買ってきた。ありがたく頂戴したし,ほのぼの聞いたり眺めたりもしていたのだが,やはり洋楽とクラシックが好きだった(滝廉太郎も好きだった)。

小学生になってからはパートリッジ・ファミリー,ジャクソン5(マイケル・ジャクソンがいた)や日本のフィンガー5(ジャクソン5やモンキーズ,パートリッジファミリー等のカバーをしていた),ニール・ヤング,フォーカス(オランダのプログレッシヴロックバンド),ジェフ・ベック,ディープパープル,レッドツェッペリン,ザ・フー,パティ・スミス,クイーン,ジェスロ・タル(マニア向けのブリティッシュロックの大御所)などを聞いていた。特にプログレは大好きだった。

当然だが,学校で話が合う子どもは全くいなかった。一人でいるのに慣れていたので,同じ趣味の子が周りにいなくても,特に困りはしなかった。

そのまま大きくなって,クラシックと洋楽だけでなく各国の民族音楽も聴くようになり,馬頭琴(モンゴルの伝統楽器)やダブキ(アラブの太鼓)など,気に入ればなんでも聞くようになった。

「何でも」の中には日本の歌も入ってきた。というか,大人になるまで日本の歌はあまり(フィンガー5以外)聞かなかった。仕事柄若い子らと話す機会が多かったので,ヴィジュアル系やジャニーズ系も聞くようになったのだ。

また仕事柄外国人と話す機会も多かったのだが,私の雑多な音楽の趣味は,外国人の同僚からは絶賛された。ジェスロ・タルやウォーターボーイズを知っている日本人がほとんどいなかったから(ジェスロ・タルは欧米では大人気なのだが)。

その私が,最近K POPにはまっているのが,本当に不思議だ。

ここ数年,抑鬱状態が続き動くことも思うようにいかなかった私が,K POPを聞いてニコニコしているのだ。自分でびっくりした。特に好きなのがBTSなわけだが,初めてDynamite をMTVのUSチャートで見た時に思い出したのが,中学生の時に流行っていたジョン・トラヴォルタ主演の「サタディナイトフィーヴァー」だった。あれは社会現象のようになっていた(その後スターウォーズが現れてしまってかすんでしまったが)。実際BTSのMVには,ジョン・トラヴォルタの決めポーズへのオマージュのようなシーンがある。

Permission to Dance が国連でも撮影されたりビデオチャレンジが世界を駆け巡ったりしているのだが,個人的にはDynamaite と Butter , Run が好きだ(Run は「花様年華」というテーマで制作されたアルバムとその世界観に沿って作られたストーリーの重要な曲で,ル・グィンの世界観に影響されたところとかあって,楽しいダンスには向かないと思う)。

落ち込み,叫びたいのに叫ぶ声も出ない,泣きたいのに涙も出ない,感動のなかった私がちょっと笑顔になれる。それだけでもBTSに感謝したい。

My Universe BTSとコールドプレイ

夕方の散歩の時間に雨が降ってきた。ナナは濡れるのが好きではないが,それ以上に私に気力がなくて結局散歩は見送りとなった。ナナには申し訳ないと思う。

それで寝転んで今日のニュースを見ていたら,防弾少年団(BTS)とイギリスのバンド COLD PLAY(アメリカの女優のグウィネス・パルトロウの元旦那さんのクリス・マーティンがいる)のコラボレーション曲がネット上で発表された,と出ていた。実際にリリースされたのは2日ぐらい前らしいのだが。

タイトルはMy Universe (マイ ユニヴァース)。「キミは僕の宇宙だよ。きみを僕の一番に(念頭に)おきたいんだよ。」という内容。曲自体は「うん,いかにもコールドプレイだな。」という演奏。今オフィシャルサイトで公開されているのは歌詞がアニメーションになっている。

lyric アニメーションMVは貼り付けられなかったけれど,Coldplay X BTS – My Universe (Official Lyric Video) ですぐ出てくるのが嬉しいところだ。

クリス・マーティンとBTSによる録音の様子がドキュメンタリービデオとしてBTSのチャンネルに出ていたので,そちらを貼り付ける。短いけれどこれだけでもメッセージの深さや真面目さは伝わってくると思う。

コールドプレイのチャンネルにも出ていたが,世界中の有名都市で一斉に開かれたGlobal Citizen LIve(有観客もあれば無観客もある)の様子がGlobal Citizen Liveのチャンネルにあったのでそちらも貼り付ける。あとでしみじみと噛みしめながら見てみようと思うから。

コールドプレイの演奏は,私にはものすごく懐かしい1980年代を思い起こさせるような響きがある,と私は思っている。そんなにものすごく好きというのではないが(失礼),とても聞きやすい。

クリス・マーティンの声に「あ,ジョングクだ。」「Vだあ」「あ,SUGAだ。」とBTSメンバーの声が重なって聞こえてくる。コールドプレイの優しい音(だと思う。ロックと言っても私にはすごく軽めのロック)にBTSの澄んだ声がきれいに調和している。

今回のコラボレーションについては,一部には「韓国が政治的にゴリ押しした」などという陰謀論を唱える人もいるが,BTSは,普通に欧米でもアラブでも環太平洋や環大西洋でも人気があるので,いくらなんでも陰謀論を振りかざしてBTSを貶すのは恥ずかしいことだと思う。欧米の音楽を子どもの頃から聴き続けている私にとっても,BTSが彼らのパフォーマンスで欧米のアーティストをコラボレーションするのは全く違和感がない。

もし日本人がコラボレーションを持ちかけられないのに変だというとしたら,それは残念ながら負け惜しみだろう。今の韓国のポップミュージックシーンには,日本人も中国人もタイ人もアメリカ人もその他様々な国籍の人たちがいて活躍している。彼らは世界に通用するアーティストになるために,世界で揉まれるために,日本であったり他の国だったり彼らがいた場所を離れて外国である韓国でオーディションを受けたりトレーニングを受けたりしているのだ。

もちろん欧米で直接デビューするという方法もあるだろうが,マーケティング的にそれが適切かというと難しい面がある。まず聞いてもらわないと話にならないからだ。だから日本人でも聞いてもらえる人は今でもちゃんと聞いてもらえている。ただ,BTSのように目立たないだけで。

K POPが全て素晴らしいとは,私は全く思わない。BTSは素晴らしい。しかし聞いていて耳障りなものだってある。見ていて腹が立つグループもある。例えば,ジェンダー的な偏見に媚を売っているようなものは大嫌いだ。また実際そういうグループは欧米で受けるだろうか? 少し疑問がある。KPOPの中にも最近ではジェンダーへの思い込みや偏見を利用しない,純粋にアート的なもので勝負するグループが出てきているので,そこには注目したい。しかし,某女性アイドルグループを筆頭とする,似たり寄ったりのガールズグループのほとんどは苦手である。

BTSは声を聞いてすぐわかる,それもミュージシャンとして大切なことだ。一山いくらのグループではないと言えるだろう。

My Universe は,聞き込むほどに味わいのある歌ではないかと思う。派手ではない。でもコールドプレイって派手ではない,元々。演奏も声もきれいなのだから良いことだ。

そんなこんなで,生まれて初めてYouTubeのチャンネル登録というものをした今日である。

BTSが国連で魅せる?

私がここ数ヶ月ハマって抜け出せなくなっている(やっとテレビを見る気が湧いてきたというのが数ヶ月前だったので)韓国のボーカルグループBTS(防弾少年団)が,昨日夜ニューヨークの国連本部でスピーチをした。今日のニュースはあちこちにその話題が出ていた。

国連のサイトには,7人全員が交代でしたスピーチと昼間もしくは前日あたりに撮影したと思しき彼らのヒット曲”Permission to Dance”のパフォーマンスのビデオ(会議場で上映されたようだ)が掲載されている。今回の議長のアブドゥルシャヒード(シャヒームだったか?)さんなんて喜んでいたようだ。アラブ人は踊るのが大好きだ。昼間に撮影されたビデオは,国連の議場からドアを開いて外に出て建物の周りにいた人達(あらかじめ配置?)が自転車を降りたり駆け寄ったりして一緒に踊り出す趣向。BTSはつい最近も世界各地に向けて”Permission to Dance Challenge”を行なっており,欧米やアジア,アフリカあたりから数えきれないほどのダンスチャレンジの様子がSNSで寄せられていた。

確かに世界の人の中には,かなり誹謗中傷する人もいる(特に日本だろうか)。けれど彼らは国連から直々に招待された人達なので(文大統領はオンライン出席でも良いと言われたらしいが),外交官パスポートが与えられたのは入国後の隔離期間短縮,隔離場所などの特別措置のためだろう。

私はたまたま難民の夫と結婚した関係で中東の外交官に会う機会が何度もあったが,割と出鱈目に立場を使っている人もいたので,それを考えたらBTSの方がずっと素晴らしい。

暗い状況に負けそうになる時期だからこそ,笑って希望を持とう,というのはあっても良い意見だと思う。

コロナ予防ワクチン接種についても訴えていた。韓国の摂取率は日本より低いそうだ。事情は色々あるだろうが,政治的なものもあるだろうし,私は韓国で力のある保守的なキリスト教団体などが反ワクチン活動をしているのではないかと少々疑っている。

保守的キリスト教徒は偏見や間違った教義(聖書に書かれていないことを拡大解釈)で動くことがよくある。たとえば「キリストの再臨するための場所としてイスラエルが必要だ」とかである。これは主にアメリカ合衆国の福音派キリスト教徒,韓国と日本の福音派キリスト教徒に多い考え方である。韓国では,イスラエルにも資金援助などをしているバリバリのシオニストが多い。シオニストが行きすぎて,キリスト教徒からユダヤ教徒に改宗してイスラエル人になってパレスチナ人を抑圧弾圧しようとする人が韓国やアメリカ合衆国にあまりにも多くいるので,むしろ現地の正統派ユダヤ教徒の人が戸惑うこともある。

こういうことは,何かしらの宗教の歴史の浅い国,たとえば,戦争後の韓国や日本におけるキリスト教,国自体の歴史が浅いアメリカ合衆国などによく起こる。日本や韓国などは戦時中にキリスト教徒であることで迫害されるからと適当に教義を変えてしまっているから,余計に厄介である。

宗教理念への正しい理解が不足しているのに「ただ一所懸命」「とにかく実行」になってしまうから恐ろしい面もある。

アメリカ合衆国やカナダでは,中東でパレスチナ人が一方的にイスラエルにミサイルや砲弾の攻撃を受けて逃げ場もなく傷つけられるだけの時,ユダヤ教徒がイスラエルに反対してデモなどしてくれる。なのに保守的(福音派)キリスト教徒がイスラエルを支持して平和解決を望むユダヤ教徒を迫害する。おかしな話である。

私は夫が難民で,夫の親戚に国連の仕事をしていた人もいた。また実際に夫が実家に帰っている間にイスラエルが攻撃してきた際,戦争状態になり夫と連絡が取れなくなって,あちこち公的機関に相談したことがある。その時にも色々調べた。

国連は今世界で溢れてきている難民を保護すると称してUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)を立てているけれど,UNHCRが設立されるより前に発生した難民であるパレスチナ難民には,全く何もしてくれない。「うちの業務ではありません。」と門前払いだ。パレスチナ難民にだけはUNRWA(国連難民救済機関)というものがあるが「難民はUNHCRが対処しているから」とか色々な理由をつけてUNRWAの予算は年々削られているのが現状で,パレスチナ難民はまともな医療も受けられず食物もない。そんな状態でパレスチナ人は70年以上難民のままでいる。

ガザやヨルダン川西岸,レバノン,シリア,イラクなどがイスラエルやアメリカに攻撃され荒廃し物資が何もなくなっても,UNHCRは何もしてくれない。UNRWAにはお金がない。せめて一つの場所に囲い込んで人々の頭の上にミサイルを降り注ぐことはやめてほしい,と中東の代表が国連で議題を提案しても,いつもアメリカ合衆国の保守派が拒否権を発動するので拒否され,人々は見殺しにされる。

もう20年近く,そんな状況を見てきた私は,めちゃくちゃ国連不信な面がある。国連に夢は見られない。

でもBTSが伝えてくる「暗い世界状況でこれ以上暗いことを考えていたら潰れてしまうから,きっと良くなるから未来にウェルカムしよう。」というメッセージはそれは若い彼らの誠意だとも思う。それに彼らはまだ20代なのだ。夢を持ってもいいだろう。

少なくとも,この数ヶ月,私はBTSのおかげで精神的に随分マシになってきたような気がする。起きて動く時間が増えたような気がするし歌を口ずさむこともある。音楽なんて,もう長いこと聞かなかったのに。

私の携帯には種々雑多な音楽が入っている。日本や韓国,UK,アイルランド,アメリカ、カナダ,フランス,ブラジル,オランダ,ドイツ、フィンランド,スウェーデン,モンゴル,イラク等々のロックやクラシックや民族音楽やジャズやアニメソングや・・・ありとあらゆる種類が入っているのに。母や姉や夫の介護の頃や,母が死んでからは,音楽を聞くこともあまりなかった。車の中で歌うこともなかった。数年前までは車を運転しながら音楽に心を揺さぶられて涙を流すこともあったのに,ここ数年はいつでもどんな時でも涙の一滴も出ない。

BTSを聴いたのはたまたまだった。壊れていたテレビのチューナーを交換して,最初に見たアメリカビルボードチャートの特集でBTSの曲が2曲か3曲チャート上位に入っていたから。それを聞いてからBTSの情報を追いかけ始めた。初めは顔の区別もつかなかったが,すぐに区別がつくようになった。興味を持つということは素晴らしいエネルギーを生むものだ。

BTSの歌で少し動けるようになった,ような気がする(気がするだけだが)。ナナの散歩もすごく短かった距離から少し伸ばすことができたような気がする。まだ食事はまともにできないが,きっといつか食事もできるんじゃないかと思う。

私の年齢だと「未来にウェルカム」は難しいけれど,若い人たちに何かしらの希望が持てるような世の中にするには,やはり大人が頑張らないといけないのではないかと思う。特に国連とか国会とかそういう重要なポジションにいる人間は自分の利権ばかり考えず,少しでも国民や世界のことを考えてほしい。それが難しいわけではあるが。

RM(キム・ナムジュン)が環境汚染や自然破壊について触れていたことも,自然の中にいることを好む私には大切なことだった。

RMはとてもIQが高くギフテッドだそうなのだが,音楽を志して大学へは行かなかったそうだ。でも多分彼ぐらいのギフテッドは普通の大学に行っても多分辛いと思う。軽度のギフテッドの私でさえ辛かったからそう思う。

彼らが今いる場所は彼らと彼らを支えた人達の功績だと思う。そして国連は割と有名人を呼んできてスピーチさせたり、国連のナントカ大使とかにして一般大衆の機嫌を取ろうとする。そんなかで彼らは彼らなりにメッセージを発信したのだ。偉そうなことをいくら言っても私生活がボロボロで周りを傷つけるような女優さんとかも国連のナントカ大使やスピーチをしてきたことを考えると,BTSの方が素晴らしい,と私は思う。

割と多くのアメリカ人と付き合ってわかったことだが,アメリカ人には世界地図(場合によってはアメリカの地図さえ)が入っていないことが多いから,世界を語るのは難しいし適当にそれっぽく誤魔化すしかない部分もあるだろう。アメリカ人に何回「日本は中国のどの辺?」と聞かれたことか。多分,私が会った中で日本や中国に興味を持っていて場所がはっきりわかっていたアメリカ人は,私の友人一人しかいない。欧米で暮らしていた知人達もおおよそ似たような話をする。

正直に言えば,決して今回のBTSの国連スピーチを手放しで賞賛したり喜んだりしているわけではない。

彼らには彼らのままでいてほしい。それが私を元気づけてくれる。国連がどれだけしょうがない組織か知っているので,あまり国連に利用されないと良いなと思うのだ。

来年あたりはBTSメンバーの中にも兵役義務に就く人がいるだろう。全員が揃っている今,3回目の国連への招待と2回目のスピーチ,彼らにとっても大切なことだったろう。

私は国連に夢は見ていない。だがBTSを招待したのは国連もかなり時勢を見たな,と感心したのだ。

ダンスに見入る猫

夏が終わるとはいえ,毛布を抱えてソファで丸くなってボォっとしているのはいささか問題がある。それはわかる。フラフラと歩いて台所へ行ってお茶をいれて,ソファに座って飲んで,またソファに横になる。

先日実家に行って以降動くのがしんどい。目が回って吐き気がする。薬の量が変わったからかもしれないが,そうでないのかもしれない。薬の調整で,体調が悪いことははっきりしたが,精神的に何かが良くなった感じはしない。何もかも自分以外の誰かが経験していることのようで,自分がどこにもいない感覚がある。

それでも何とか目を覚まして,何か自分ができることはないかと考えている。

気力がある時には読書したりYouTubeを見たりする。読書といっても,聖書(時々コーランとか「正法眼藏(しょうほうげんぞう)随聞記」)か三島由紀夫の「午後の曳航」(たまたま英語版がそばに置いてある)かコミック(「チェンソーマン」とか「呪術廻戦」とか「僕のヒーローアカデミア」とか)そういう組み合わせになってしまう。でもこれが結構元気をくれる時もある。それについてあとで書いてみたいとは思っている。

今日はYouTubeで最近BTSの次に気に入っているTomorrow X Together (トゥモローバイトギャザー)を見ていたら,キジトラ猫のラッキーが肩に乗ってきた。まさか見ていないだろうと思ったのだが,TXTのメンバーが踊る動きと同じように視線が動いている。「え? ラッキー見てるの?」とちょっと驚いた。

肩に乗って携帯画面を見るラッキー

うちのニャンコ達は皆NHKの「世界ねこ歩き」は大好きで,テレビの前にちょこんと座ってじっと見る。テレビの中の猫達が動くとその後を追いかけるように移動して,テレビの裏まで探しに行くことがある(ぐるっと一周して「あれ変だな?」という表情になる)。

でも人間には興味がないと思っていたのだ。きっとダンスする時に手がヒラヒラするからではないかと思う。

試しに肩から膝の上に移動させると,目を閉じて寝に入ってしまう。TXTを見せると目を開けて前足をのばしてくる。

前足を画面にのばすラッキー

やっぱりダンスを見てるんじゃないかな?という気がする。テレビの調子が悪いから今日は携帯で見ていたけれど,録画した番組があるから,後で大画面で見せてみよう。

猫の目は本当に色々なものをよく見ている。

坂本九の「上を向いて歩こう」

今日は,日本人でたった一人だけの,ビルボード1位の歌手である坂本九と,1985年8月12日に日航機事故で亡くなった方々の命日だ。

私はあの日,英語スクールの帰りにいつもより遠回りたり寄り道したりしてしまったので,薄暗くなってから山手線に乗った。それもいつもだったら帰りは山手線の外回りに乗るのに,その日は何故か内回りに乗ったのだ。羽田の近くになった時,空にたくさんのライトが見えた。「何だろう?ヘリコプターかな?どうしてあんなにたくさん飛んでいるんだろう?」と思った。当時世話になっていた親戚の家に帰って,ニュースを見て驚いたのだ。

坂本九さんは本名で搭乗していたので,アナウンサーが「坂本九さんの本名と同じ名前の犠牲者」と伝えていた。

私はもちろん坂本九さんの「上を向いて歩こう」は子どもの頃から知っていて,自分でもよく歌っていた。そして,アメリカの Taste of Honey (テイストオブハニー)と言うアーティストの”Sukiyaki”もよく聞いていた。「上を向いて歩こう」は外国でもよく知られた曲なのだ。

亡くなって10年ぐらいの時にドキュメンタリーを見て,どうして外国では”Sukiyaki”と言うのか(アメリカから来たプロデューサーのためだそうだ)とか,世界中何か国語ものヴァージョンで”Sukiyaki”が歌われていることとかを知った。それまでは「アメリカでは有名だよね」ぐらいの認識だったが,ヨーロッパや南米でも歌われているそうだ。それとアメリカでもTaste of Honey の他に 4PM と言うR&Bのボーカルグループがカバーしていて,そちらもとても良い。私は坂本九さんの本家本元と Tuck & Patty と言うアメリカのデュオのものは携帯に入っているが,Taste of Honey と 4PM はCDを持っている。これだけでもカバーが3曲もある。

日本人の歌手の歌で,ここまで長い間,世界中で愛され歌われてきた歌は他にいないと思う。Kyu Sakamoto も特別だと思う。

あの日,500人以上の方が命を落とされた。子どもさん達の写真がテレビに出るのが辛かった。