曼珠沙華(ヒガンバナ)で思い出すこと①

ナナの散歩道にあった曼珠沙華が,全部しぼんでしまっていた。2〜3日前から色が褪せてきていたので,もうすぐ終わりかな?とは思っていた。

曼珠沙華の深紅の花を見ると,いくつかのことを思い出す。

一つが,小学生の時に国語の教科書に載っていた「ごんぎつね」の物語。もう一つが,列車通学していた高校時代に(電車ではなく汽車だった)ある通過駅の周り一面に咲いていた曼珠沙華のこと。もう一つが「東京喰種トーキョーグール」という石田スイ作の漫画。最後に北原白秋の詩。

列車から見た一面の曼珠沙華は「ごんぎつね」と北原白秋の「曼珠沙華」という詩をどちらも思い出させた。

「ごんぎつね」の中にはヒガンバナが赤い布のように一面に広がるという描写があって,白秋の詩でも地面にキリなく広がるヒガンバナの様子が描かれている。

作者の新見南吉が「ごんぎつね」を書いた時,実は決定稿がなかったそうで,出版される前とされた後に何度か書き直しているそうだ。そのため「ごんぎつね」のテキストが何通りかある状態がしばらく続き,今は大体同じものが使われているようだ。

偕成社版「ごんぎつね」

今一番知られている「ごんぎつね」は,偕成社から出版された黒井健の挿絵のものではないかと思う。いくつかの出版社から出された国語の教科書にもよく使われていた。私が小学生の時にはこの本は出版されていなかったので,挿絵は当然違う人の手によるものだった。またテキストの内容が今広く知られているものとは若干違っていた。

たとえば,新見南吉が生まれ育った愛知県の現在半田市になっている辺りでは,昔はフナのことをキスと呼んでいたので,新見南吉は「キス」という表現を使っていたが,それでは海に棲息しているキスと誤解されることからだろうか「フナ」と書き直したものがある。私が使った教科書でも「フナ」だった。しかし偕成社版や現在広く知られているテキストでは作者の育った地域の「キス」が使われている。(ひらがなで「きす」)

また,登場人物である兵十(ひょうじゅう)の母の葬列の通る辺り一面に咲くヒガンバナを喩える言葉が今では「赤いぬの」が普通であるが,昔の教科書には「ひもうせん(緋毛氈)」と書かれていた。そのため,私は「ひもうせん,て何だ?」と不思議に思って調べたものである。

そういう文章のことはどうでもいい,というといけないのだが,私は「ごんぎつね」を何回読んでも最後に泣いてしまったものだ。ここ10年余りは「ごんぎつね」を読んでいない。以前は仕事の関係で数年おきに読んでいたのだが。今読んだら、私は泣くことができるだろうか。私の涙はちゃんと出てくるのだろうか。適応障害で鬱状態になってから泣くことを忘れてしまい.嬉しいとか悲しいとかの感情もどこかへ忘れているので(犬猫やカメがいると嬉しいのだが),「ごんぎつね」への自分の心情を台無しにしたくないという思いがあり,ずっと読んでいない。

ちなみに私は偕成社版,黒井健挿絵の「ごんぎつね」の絵本を持っているが,小学校時代の教科書の挿絵は影絵を使って表現する藤城清治という作家さんのものだったので(だったはず),最初の印象が強いせいか時々その作家さんの挿絵をまた見たいなと思う。昔使った教科書は皆実家で保存していたのだが,台風被災した実家の片付けと取り壊しの際に処分してしまった。残念だ。

「ごんぎつね」は教科書の出版社によって,小学3年生で学習するか小学4年生で学習するかが変わっている。私は小学3年生で読んだのだが,先生の話はさっぱり聞かず,自分で勝手に最後まで読み進んで,最後にジワジワっと涙が滲んで教科書が読めなくなってしまった。他の子達が先生の進める通りに授業を受けている横で,一人泣いているような子どもが私だった。おかげで3年生の先生にはよく「ばか」と呼ばれたものである。私には全く泣きもせず普通の様子で授業を受けている他の同級生が,異様というか不思議だったのだが。

私が大人になってから出会った小学生のある女の子が「兵十は自分で自分をひとりぼっちにしてしまったよ。」と言ったことがある。「もし兵十がもう少し注意深かったら,ごんに気づいていたかもしれないし,ごんに対する感情も変わっっていたかもしれない。でも怒りの感情が先行していた兵十は,ごんを見るなり銃で撃ち殺してしまった。ごん以外もう誰も兵十を相手にしないよ。今までだって夜の集まりとかに行っても一緒に帰る人もいなかった。一人で夜道を帰る兵十を後ろから見守っていたのは狐のごんなのに。兵十はどう見ても友だちいないよね。お母さんもいなくなった。ごんもいなくなった。ひとりぼっちだね。ごんはひとりぼっち同士だから仲良しになれると思ったのかもしれないけど,兵十は頭悪いよね。でも最後に自分が馬鹿だったってわかったみたい。」ということであった。

もちろん,小学生だったのでこんなにスラスラ語ったわけではなかったが。彼女は,ぽつりぽつりと自分の考えを一文ずつ付箋に書いて,読書ノートを作って見せてくれた。新しい視点から物語を見た気がした。

小学生のとき,私にはただただ「動物が死ぬのが嫌だ」という悲しさがあったと思う(人間が亡くなる物語を読んでもあまり泣かないことの方が多いので)。だから彼女の感想を知って「なるほど,そうだな。」と思った。彼女の感想を聞くまで(聞いてからもではあるが),私は兵十が嫌いだったから。なぜ嫌いだったのか?「あ,私は感受性の鈍い人が苦手なんだな。」と思い至った。

物語を読んでいても,ASDであるとかHSPであるとかが,受け取り方に影響するのだ。

今日,ナナと一緒に散歩しながら,そんな風に昔の自分のことや,私に新しい気づきを与えてくれた女の子のことを思い出した。

北原白秋と「東京喰種」はかぶるところがあるので,思い出したら書いてみる。

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